さんが書いた連載日本の歴史4の日記一覧

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ジョサイアコンドルのひととなり

外国人から見た日本シリーズ 一旦、各国の公使から離れます。 ■■ジョサイアコンドル■■ http://sskmszm.com/wp-content/uploads/images-81-1.jpeg 東京をウォーキングしていて 名のある西洋建築に出会ったとき 必ず出てくるのが、ジョサイアコンドル ジョサイアコンドルないしは、その弟子が作ったものですと 巨匠中の巨匠 どんなすごいひとなんだろう …

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[江戸のヒロイン]吉原で高尾太夫と首尾良く遊ぶ方法

「江戸のヒロイン」という新しいシリーズを始めようかな 江戸検定2級を2年連続で64点で落っこちたという話はしましたね http://sskmszm.com/?p=6395 江戸検定受けたよ。64点 http://sskmszm.com/?p=10679 まさかの江戸検定2級、64点で不合格 さすがに全く1点も向上しなかったというのは 理論的には、この先何年やろうとも合格はないわけで チャレン…

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北海道と言えば、最上徳内と近藤重蔵

間宮林蔵の話はしました http://sskmszm.com/?p=14810 間宮林蔵。樺太は島である。 北海道と言えば、まだいるんですね ■■最上徳内■■ もがみとくない 探検家 1754~1836 とくない くまなく のとくない? いえ、それは都区内 貧しい農家に産まれた徳内だったけど勉強大好き。 長男にもかかわらず、家のことを弟たちに任せて勉学に励んだ。 ある時、田沼意次の企画…

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フランスの公使、ロッシュ

幕末明治の外国人が見た日本、シリーズ アメリカとイギリスを行きましたので、今度はフランス ■■フランス■■ フランスの初代公使は、ド・ベルクール 性格は穏和で、敵を作らないタイプ その頃は、イギリスの公使もオールコックで 米英仏蘭の4か国は何をするにも共同歩調 でも少しずつ、アメリカとオランダが引いていく感じ そうなると、イギリスとフランスの宿命のライバルが 主導権争いを演じる事になります…

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ヒュースケン。みんなに愛された青年なのに。

外国人が見た幕末明治の日本、シリーズ ハリス、唐人お吉と来ましたので、ヒュースケンです。 ■■ヒュースケン■■ あれれ? ヒュースケンはオランダ人です。 アメリカでの成功を夢見て、オランダを後にした21歳の青年 14歳で父親を亡くしてから、母ひとり子ひとり そんな母と別れてまで、夢を追いたかった。 夢の舞台ニューヨーク 余りに貧しくて、辛いことばかりだけど 何とかここで一旗あげて、母親に恩…

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間宮林蔵。樺太は島である。

江戸の理系力シリーズ 今度は測量に参りましょう。 伊能忠敬はやっちゃったから となると、この人ですね。 あら、やってませんでしたっけ、って感じ ■■間宮林蔵■■ まみやりんぞう 測量探検家 1775~1844 常陸国(ひたちこく=茨城県)の貧農の子に生まれた 子供の頃から算術が大好き。周囲を驚かせます。 林蔵の家の近くに小見川というのが流れていて その数ヵ所に幕府が堰を作り、その水を…

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丸の内がロンドンになった日

一丁倫敦(いっちょうろんどん)の話、近いうちに書きますと言いつつ、 そのままになっていました。 http://sskmszm.com/?p=13579 丸の内をふたつのテーマで歩く ■■一丁倫敦■■ 丸の内は、各藩の密集地帯でした。 明治維新になって、さあ、撤収ーっ 丸の内だけに限りませんが、がらがらのもぬけの殻 この膨大な地域、どう使うよ 陸軍さん、あなたにあげますわ。 そりゃまたありが…

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唐人お吉の悲しすぎる運命

前回、初代アメリカ公使、ハリスの話をしましたね http://sskmszm.com/?p=14494 アメリカ、初代公使ハリス 次はその流れで、その通訳ヒュースケン、と思っていたんですが ハリスの時のコメントで、唐人お吉(とうじんおきち)の話が出ました。 これはやっぱり、ヒュースケンの前に唐人お吉を挟まざるを得ませんね ■■斎藤きち■■ 後に唐人お吉とあだ名されるのは、斎藤きち 伊豆下田…

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アメリカ、初代公使ハリス

日本側はうっかりしていた。 ■■ペリーの不完全燃焼■■ ペリーは開国という目的に対し、大成功だったかに見えるが 大学頭(だいがくのかみ)の林復斎(はやしふくさい)に言い負かされてしまう。 日米和親条約 これは、何ら具体的なものは書かれておらず 仲良くしましょうねという趣旨のみ 日米修好通商条約の締結は出来ずじまいで帰国してしまう。 ああ帰っていった。 良かったね、ほっとした。 ところが …

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二代目イギリス公使、パークス

前回、初代イギリス公使、オールコックの話をしました http://sskmszm.com/?p=14012 イギリス公使、オールコック パークスはオールコックからたすきを受け取った二代目英国公使です ■■パークス■■ パークスは不遇な少年時代をおくる 4歳にして母親が、さらに翌年父親が亡くなって孤児に。 引き取ってくれた叔父さんも5年後に亡くなる 13歳になったパークス少年は、 マカオに移…

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ペリー来航。どんな人?その2

昨日、ペリー来航を書きましたね http://sskmszm.com/?p=13737 ペリー来航。どんな人?その1 ■■再来航■■ 一旦、引き下がったペリー 将軍急死の報せを聞きます。 国の中が不安定になっているかもしれない これは、チャンスかもよ 一年を待たず 半年で再来航します。 1854年2月13日 今度はスケールアップ 蒸気船3隻と帆船6隻 贈り物の交換 さあ、クイズです。…

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ペリー来航。どんな人?その1

幕末明治の外国人シリーズ この人抜きには何も始まりませんね ■■ペリー以前■■ ペリー以前に、アメリカって日本に来たことあるんでしょうか 記録上、最も古いのは、 1791(寛政3)年、紀伊大島にやって来た冒険商人ジョンケンドリックの レディワシントン号 その後も、オランダのごとく偽って 長崎出島に色んな船が来た記録がある 公的な使節として初めてやって来たのは1846(弘化3)年 ジェーム…

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加賀百万石

板橋の加賀藩下屋敷跡に行ってきました。 良い機会なので前から気になっていた、加賀藩について調べてみました。 ■■前田利家■■ 何といっても藩祖、前田利家ですね 五大老の一人 毛利輝元 宇喜多秀家 上杉景勝 徳川家康 前田利家 もう雨季田植え家の前、です。 超大物 徳川家康とは完全に同格です。 家康天下統一のためには、豊臣五大老の自分以外の4人全てを征伐する必要があります。 何らかのいち…

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シーボルトの続き。あの事件とその後

http://sskmszm.com/?p=12909 シーボルトの激烈日本愛。でも何かある? の続きです。 ■■江戸へ■■ 江戸で一通りの仕事を終えたシーボルト一行 予想通り、色んな人が先生にぜひお会いしたいと訪ねて来ます。 そのために、外国紹介グッズを持ってきた訳ですから 待ってました! 高橋景保(かげやす)がやってきました。 ひょっとして? そう 天文方の高橋景保 高橋至時(よしと…

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西郷隆盛。薩摩藩へ

西郷隆盛について書きました http://sskmszm.com/?p=12161 西郷隆盛。なぜ江戸城総攻撃を中止したか その続きです。 ■■日当山温泉■■ 新政府内でも何となく居場所がなくなり 自分でももういいや、ってことで、日当山温泉(ひなたやまおんせん)でゆっくり保養する 実は西南戦争で死ぬまでずっと、健康問題で悩まされる 二つあって、ひとつは太りすぎから来るもの もうひとつは、…

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渋沢栄一 その3。日本に帰って見たもの。そして何をしたのか

渋沢栄一、3回目になります 過去2回は以下の通り http://sskmszm.com/?p=11517 渋沢栄一 その1 クーデター計画 http://sskmszm.com/?p=11531 渋沢栄一 その2 パリ万博から諸外国へ ■■帰国命令■■ 日本に帰ってどうなるか、まあ大体は想像がつく 良いことがあろう訳がない 引き伸ばしたかったが とうとう、新政府から渋沢一行に帰国命令 帰る…

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渋沢栄一 その2 パリ万博から諸外国へ

渋沢栄一その1は、農民だった渋沢栄一が 一橋家の一員になるまででした。 http://sskmszm.com/?p=11517 渋沢栄一 その1 クーデター計画 ■■突然■■ 漫然と過ぎ行く日々 ところが 突然の呼び出し すぐにパリに向かってくれ ど、どういう事ですか 薩長に、イギリスが強く肩入れしているので 対抗上、フランスは、幕府をサポートしてくれている そのフランスから 今度パ…

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渋沢栄一 その1 クーデター計画

小説渋沢栄一という本を読みました 上下巻の分厚い本なので、今後、何回かに分けて紹介していきたいと思います。 渋沢栄一(しぶさわえいいち)はとにかくすごい人で、何でもかんでも渋沢栄一、 というのは前から分かってはおりました。 歴史を色々見ていると、すぐに渋沢栄一にぶち当たる とはいえ、途切れ途切れなので、一度通読したいなとは思っておりました。 読んでみてびっくり すごい人、どころの騒ぎじゃな…

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三浦按針とウィリアスアダムス

今日(2017/12/9)日本橋から、浅草橋までのウォーキングイベントをやりました。 https://www.google.com/maps/placelists/list/1lOq4yiwMI_DH6sYjWL7AqN3sd58 地図 一時間早めに現地に行って、見たい送水口があったんです。 その後、集合場所に戻ろうとして あっそうだ! 三浦按針(みうらあんじん)の住居跡の碑を、下見の時、結…

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江戸の肉食

江戸検定で間違っちゃった問題シリーズです。 【24】江戸時代には、獣肉をまったく食べなかったわけではなく、 牛肉の味噌漬けを将軍家に献上していた大名家もありました。 それは、次のどの家でしょう? い)宇和島藩伊達家 ろ)加賀藩前田家 は)彦根藩井伊家 に)米沢藩上杉家 答は最後です。 ■■牛肉■■ 昔の日本人が牛肉を食べていたかという事に関して言うと 非常に微妙。 太古の昔は、狩猟をして…