自己開示ということ(1264)
生きている限り、何らかの仕方で、多かれ少なかれ、他者と交流するのは当然だ。それは必要でもあろう。その場合、自分に関わることを話すことも多いだろう。 自分のことを自慢したいこともあるかもしれない。誇らしげに言うこともあるかもしれない。反面、人には多くの欠けもある。そんなことは隠したくもあろうか。 自分のことを言うにしても、当たり障りのないごく表面的なことも多かろう。もっと、自分の内心を曝け出す…
生きている限り、何らかの仕方で、多かれ少なかれ、他者と交流するのは当然だ。それは必要でもあろう。その場合、自分に関わることを話すことも多いだろう。 自分のことを自慢したいこともあるかもしれない。誇らしげに言うこともあるかもしれない。反面、人には多くの欠けもある。そんなことは隠したくもあろうか。 自分のことを言うにしても、当たり障りのないごく表面的なことも多かろう。もっと、自分の内心を曝け出す…
wakohは元気な頃は、自分の年齢のことなど意識することは殆どなかった。 それが、思ってもいなかった癌の発覚、その手術で、主治医から日本人男性の平均年齢にはほぼ達しているのだからと言われ、そういうものかと妙に納得してしまったことがあった。 そうこうする内、10年が経ち、自分も米寿に達すると、もうこんな歳なのだからと、男性平均年齢よりは大分超えたこともあり、自分の老齢を自覚するようになってきた…
wakohが子どもの戦時中は、「産めよ増やせよ」の大合唱、上からの号令で、日本中子どもが溢れている時期があった。 しかし、それは自然現象ではなかった。政府・軍部は、人間を人格として見るのではなく、消耗品と考えていたのではないか。事実、この世界大戦では、310万人もの尊い人命が失われてしまったのだ。戦争に駆り出される要員を確保しようとしていたのではないか。 戦後、一転して、一般庶民の生活苦、女…
既に日記にも記しているように、wakohは思案の挙句、介護の申請をした。娘の勧めによるところが大きかった。 3年前に、家内が突然倒れて、その後介護の申請をした時にも、娘の勧めで、wakohも申請したのだった。だが、その時点では「自立」の判定で、デイサービスに通うことは出来ずじまいだった。 その後、老いてくるばかりだ。家内は自分がサービスに出掛ける時の、wakohのランチのことを気にしていた。…