さんが書いた連載読書などの日記一覧

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読書三昧からは程遠いが、本にまみれて(1899)

 気が付けば、wakonの日記も1900篇目前だ。2000件目には、まだほど遠いけれども、それでも一つの区切りにはなる数字だ。それを無視して、勝手に書くわけにもいくまい。  wakohは、今や無職の老残にしかすぎないけれども、もともとは教員だった。研究者だった。読書は一つの必須の仕事の範疇に入っていた。多くの研究者は、大学の研究室の図書・雑誌を活用されているけれども、wakohはできるだけ自分…

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『週刊朝日』の休刊を知って(1883)

 去る火曜日、5月30日の朝日新聞を見て驚いた。朝日新聞の顔ともいうべき「天声人語」と新聞の中ほどにおよそ3分の1ページを費やしての『週刊朝日』の広告、「週刊朝日は今号をもって休刊します またね!」をみたからである。  このインターネットの時代になって、新聞をはじめとして、週刊誌なども、購読者数が激減し、その経営も苦しくなっているであろうことは、容易に察しられていた。  だが、ここにきて創刊…

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五木寛之『人生百年時代の歩き方』NHK出版、2022.を読んで(1876)

 wakohが今では週に2度、デイ・サービスに行っていることは、ここでの日記でも述べたことがあるはずだ。  ほんの2日前、5月11日に行った時のことである。器具を順次使ってのリハビリの後、ランチには2人ずつ並んで食事を摂るようになっている。職員の方でも、どういう人たちを同じテーブルにするのがよいのか、それなりの腐心しているのであろう。  wakohの隣り合わせになったのは、今年お入りになった…

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神保タミ子『脱会―今こそ知っておくべき統一協会の実像』キリスト新聞社、2023.(1871)       

 昨4月17日、何と20もの郵便物がどっさりと届いた。しかも、wakohに対しても、家内に対しても、長文の私信を含んでだった。その上、上記タイトルの書物も含まれていた。全く予期しないことだった。そんな書籍が出版されたことも知らなかった。著者も思ってもいない方だった。  だが、一旦ページを繰り出すと、止められなくなってしまった。すっかり読書のスピードも落ちてしまっているwakohだが、他にす…

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ある読書:星野道夫『アラスカ:風のような物語』小学館、1999.(1869)

 wakohは元教員だ。読書はいわば当たり前だった。書籍は、堆くなっている。いわば本に囲まれての生活だ。書斎・書庫は言うに及ばず、・玄関ホール・リビング・寝室・廊下にまで満ち溢れている。その上、裏の2Kには、梱包したままの書籍類がいまだに何十箱もある始末だ。到底読み切れるはずはない。本の始末が、wakohの最後の課題となるのではなかろうか。子どもから、その本の整理のことを言われると、頭を抱えるば…

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積読はしたくないのだが(1662)

 「本に埋もれて」(1660)という日記を書いたばかりである。本が好きで、つい買ってしまう外に、随分沢山の方々から寄贈されたりもしている。読んでから、感想なども認めた礼状を記すとよいのだが、そうすると何時になってしまうか分からないので、取り敢えず、拝受御礼の手紙なり、はがきなり、最小限書くようにはしている。けれども、本格的に読むとよいのだが、それは判り切っていることではあるけれども、ついつい読め…

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思いがけぬ読書:粕谷一希『中央公論社と私』文藝春秋1999(1658).

 wakohは今日は、S整形外科を訪れ、診察を受け、骨密度などのレントゲン検査も受け、牽引やウォーターベッドなども受けてきた。服用すべき4種類の薬も出していただいた。どうも、左大腿骨に痛みがあるからだ。90歳の老人だから、あちこちガタが来ていても、止むを得ないのか。  しかも実は、昨夜はなかなか寝付かれぬままに、気になりながらも行方不明になっていた、タイトルに記した書物が出てきたので、一気に読ん…

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『ガリバー旅行記』最終回・完結・全84回(1657)

 wakohは、朝日新聞・金曜日夕刊を楽しみにしてきた。それは、『ガリバー旅行記』の柴田元幸氏による新訳が載っていたからだった。そのことには、すでに触れてもいる。  ついうっかり、先週11日が最終回であるかのように述べたかもしれない。だが、2月11日は「建国記念の日」で、祝日、したがって夕刊はなかった。ということは、今日2月18日が最終回だった。全84回にわたり、殆ど欠かすことなくずっと通して読…

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朝日新聞連載小説:池澤夏樹「また会う日まで」完結(1644)

 wakohは長く朝日新聞を購読してきた。1958年結婚以来である。途中留学中の4年間を除けば、ほぼ60年間になるだろう。だが、父もずっと購読してきていた。だから、父の代からすれば、およそ百年に及ぶ読者といってよいだろう。  もちろん朝日新聞には毀誉褒貶があることは知らぬではない。けれども、一貫して購読者だった。  ただし、隅から隅までじっくり読むというスタイルではなかった。時には見出しだけ、走…

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文藝春秋創刊100周年新年特別号―100周年記念企画100年の100人(1624)

 昨12月10日、タイトルにあるような、『文藝春秋』創刊100周年新年特別号が発売された。購読している2紙のうち、読売新聞は、丸1ページをその広告に当てているではないか。そうでなくても、読むことの多い『文藝春秋』だ。雑誌としては特別定価1200円とは。その広告を見て、wakohは早速本屋さんに駆けつけた。「完全保存版」とある。  600頁を超えていた。これから少しずつ読んで行くことにしよう。  …

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2週間近いブランク(1617)

 タイトルは一体何だろうか。またもや恥晒しではないか。 数少ないお気に入りさんと共有できればと願い、紹介した連続ドラマのはじまりに、まさかクレームがつくなどとは思ってもいなかった。少なからず嫌気もさした。  そう思うと、今更こんな日記を書くのも、なんだか馬鹿らしく思えても来る。そんなこともあって、ペンを置いてしまった。いや、ボードを叩くのをしばらく辞めてしまった。  中には卒寿のwakohを慮っ…

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加藤陽子(著)『この国のかたちを見つめ直す』毎日新聞出版、2021.を読んで(1610)

タイトルの書物を読んだ。その書評などおこがましい。教えられるところばかり甚大だからである。  どうしてこの書物を読んだか。  そのきっかけは少なくとも2つある。  その第一は、もう3年3か月以上前のことになるが(2018年7月3日)、「第9回東京大学文学部公開講座」で、加藤陽子教授(日本史学)の「天皇と天皇制を考える~近代史の視点から~」と題する講義を聴いたからでもある。  会場は本郷キャンパス…

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『TOKYO REDUX  下山迷宮』を読む(1607)

 wakohはかつては、読書家の方だった。学徒としての生涯を送ってきたのだから、それは当然とも言えるかもしれない。だが、主として横文字の専門書だった。だから、評判になっているベスト・セラーなどに関しては、却って疎くもあった。  ところが、今や読書の量も質もすっかり変わってしまった。専門書はあまり読まないし、大体読書量自体が減ってしまった。読むものも、平易に読めるような新書タイプのものなどが多くな…

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2つの新聞小説:池澤夏樹『また会う日まで』及びスウィフト(柴田元幸訳)『ガリバー旅行記』(1383)

wakohが、この「趣味人倶楽部」で日記を書き出してからこの方、「新聞小説」に触れたことは皆無だったはずである。もう1383篇目に達しているというのに。  ところが、今、全く初めてそのことに少しだけでも触れようかと思い立ったのである。どうしてか。  かつては、新聞において「新聞小説」の果たした役割は極めて大きかったに違いない。文豪、高名な小説家、の重要な発表の場であったに違いない。  例えば、…

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”『広辞苑』をよむ”を読み、改めて『広辞苑』を紐解く(1345)

去年までの大型連休、ゴールデンウイークの最中の筈だ。だが、「ステイホーム」で、内外の旅行どころではない。ひたすら、ほぼ在宅の状態だ。  ある人たちは、「テレワーク」が弾むかのように言っているらしい。wakohの場合は、外から課される「テレワーク」などはない。何をするにも自律的であるより他ない。  かつては、読書家というほどではないにもせよ、本を読むのはいわば仕事だった。それも専門書、主として洋書…

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立花隆『知の旅は終わらない―僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと』文春新書、2020.を読む(1328)

新型コロナウイルスの猛威は収まるどころか、その感染は世界中にますます広がりつつある。  テレビのニュースなど、どの局をとっても、コロナのことに触れないものはない。気分は益々暗くなるばかりである。  不要不急の外出は自粛せよとの、政府や東京都の要請は、未だに続いている。  その及ぼす影響は計り知れないほど大きい。経済はもとよりのこと、国民の生活万般に亘っている。  外出せずに家にいると言っても、…

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『広辞苑(第7版)』を手にして

wakohは今や老いさらばえた老爺になってしまったけれども、かつては学徒として精進していた。  いきおい、辞書類は手許にあった。何時でも開けるようにしていた。それが、日本語の辞書であれ、英語をはじめとする外国語の辞書類であれ。  日本語の辞書と言っても、大判のものから小型のハンディなものまで、何種類となく揃えていた。  その中でも、極め付きはやはり何と言っても『広辞苑』だった。  その『広辞苑…

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第3回 『生きている喜び―認知症と脳卒中を患った夫とともに』を読んで

wakohは、このところ「続・社会心理学徒への道」などの日記を書いてきていた。  だが、wakohの生活は、そんなことばかりではない。それどころか、「続〜〜」などは、現在のことではない。やっと30年前の処にまで辿り着いたに過ぎない。  いかな現役を引退して久しいと言えども、wakohとて、今でもなお、最新の経験をもしつつもある。  昨日は、「消化器外科」以外のことで、都心のT病院に行っていた。 …

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『「老人」と「亀」ー人対亀、亀対亀関係の心理ー』を読む

大相撲も2日目だ。早くも波乱が続く。2場所連休の挙句に出場した日馬富士は、大相撲の挙句大砂嵐に一寸のすきにつけ入れられ寄り切られてしまった。  昨日鶴竜を2場所連続で、速攻で渡し込みで破った嘉風は、33歳と言うのに実に若々しい相撲で、稀勢の里を攻め立て、稀勢の里が堪えて、寄らんとするところを見事に突き落としてしまった。恐るべき勢いだ。  だが、今日はこれだけに留めて、タイトルのテーマに移ろう。…

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『岩波 新漢語辞典』(第三版)を手にして

はやくも2月に入った。如月だ。大寒もまさに終わらんとしている。3日は節分。4日は立春。いよいよ春も間近だ。わが陋屋の老紅梅は、今を盛りと咲いている。よくも梅月とも言うものだ。ぴったりする感じだ。  と言うことは、うかうかしているうちに今年もはや1ヶ月が過ぎ去ってしまったということでもある。呑気な日記なぞ書いているが、そんな時間的余裕はもう残されていないはずだ。何とかしないとなるまい。  …