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よくあるご質問

連載:妄想爺やの春夏秋冬2

魅せられる戦国時代の大名に、名僧たち

古から、桜は短歌や俳句に詠まれている

名歌、名句はたくさんあり、今の世にも愛でられているものは多い

歴史上の人物にも、語り継がれ、記録が残る者が多い

そのなか、戦国の大名と言えば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が一時代のカリスマとして、未だに人気がある

僕は戦国の大名のなかで一番好きなのは上杉謙信だ

好きになったきっかけは、幼少の頃、テレビで放映されていたNHKの大河ドラマ『天と地と』を観て、上杉謙信の生涯を知ったからだ

後世に、かなり美化、英雄化された上杉謙信像が語り継がれているようではある

川中島の合戦で、馬に乗った上杉謙信が武田信玄の本陣に駆け入って、武田信玄と一騎打ちをしたという逸話もあるが、事実ではないようだ

他の大名は、合戦の時、後方に本陣を構えて、戦の指揮を執るのが定石だ

しかし上杉謙信は、陣の先頭で、頭には、兜ではなく、白い布の頭巾を被り、馬に跨り走り、戦に望んだようだ

自分は毘沙門天の化身であり矢や鉄砲などが身体には当たらないと自負していたという

戦いの旗頭の一文字の『毘』は毘沙門天からくるようだ

武田信玄の旗頭は、あの『風林火山』である

まさに、戦が大名の掲げるスローガンのもと、繰り広げられていたように思える

実は、上杉謙信は武将であるが、出家した禅僧でもあった

大義名分のなき殺生、戦はしないという大名であったようだが、戦は極めて強かった

まだ、駆け出しの頃の織田信長が一番恐れた大名であったという

信長は上杉謙信に貢物を捧げて同盟を結び、その間に他の大名を戦で破り、領土を拡大していった

京都の足利将軍からの織田信長征伐の要請という大義名分のもと、上杉謙信は織田信長との同盟関係を断つことになった

そしてその後、一度だけ、上杉謙信は、すでに一大勢力と化していた織田信長の陣と一戦を交えた

織田勢に雨の夜の奇襲攻撃で、信長自慢の鉄砲隊を壊滅的に打ち伏せ、勝ち戦となったとされる

その戦の後、謙信が「信長も戦ってみれば存外、弱いのう」と語ったという

まあ、この取手川の合戦については異説もあるようだが

ともかく、戦国の大名らの史実やその逸話は多く、その生涯は絵になり、映画やドラマや小説化されがちだ

もちろん、映画やドラマや小説になった僧侶はたくさんいるにはいる

しかし、武将らと比べると、歴史上の名僧と言われる者たちは、現在、世間的には地味な存在ではある

若い頃、僕は戦国の大名や逸話が大好きであった

しかし、年老いてきて、名僧たちの戦国の大名のごとき個性的な、含蓄のある生涯に魅せられている

仏教と言えば宗派があり、自力、他力に二分されがちだ

しかし、出家しているとは言え僧侶も人間である

教義を深め、極めていようとも、それぞれの人間性が強烈に醸し出されている

教義から外れたような生きざまの、人間臭い俗っぽい一休のような僧侶もいた

僕は、道元、空海、親鸞、一遍という宗祖や、1僧侶とも言える空也、明恵、白隠などらに魅せられている

その奥深い教義だけでなく、彼らの生きように学ぶことが多いのだ

とてもここで全てを、記すことはできない

群雄割拠であった戦国時代に生きた名だたる大名たち

それに匹敵するほど、歴史上に燦然と輝いた僧侶たち

僕にとって、上杉謙信のように、心躍らされる生きざまや逸話を持った僧侶たちなのだ

僕は、戦国時代史の大名を紐解くように、奈良時代からの数多の名だたる僧侶に強い関心を抱き学んでいる昨今だ

カテゴリ:アート・文化

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