嫌な感情や感覚が起きると 精神交互作用を起こし、 その感覚へ意識が向かうので固着し その人を雁字搦めに苦しめていくということを ずっと考えてきた。 精神交互作用の執着をしないようにするために 不安などの感覚がありながら やるべきことをやっていく。 そうすれば嫌な感覚は自然と流れ去っていく。 この訓練によって ある程度苦しみから解放されるようになってきた。 しかし…
生まれた家が、たまたま裕福だったり、たまたま普通だったり、普通に育てられ、近所の子どもたちと遊んだり、学校に行ったり、普通に高校に進学し、それなりに勉強もでき経済的にもOKなら大学進学もでき、正社員で会社務めでき、結婚もし、家庭も持てたかもしれない。。 逆に、そうでない家に生まれ、虐待、育児放棄、いろんなことがあって、そして絶望。 格差も広がり、普通に働くことも難しい状況。 新聞のコラム「8月の…
月曜日は休日。だから気ままにすごすことが出来る。といっても実態は、家内のリクエストに応じて草刈りをしたり、畑の世話をしたり、買い物に付き合ったりで、家のこまごましたことをして過ごしている。 このごろ、自分がダメだと絶望的な気分になるときのことを考える。もともとネクラで自分のダメさに敏感で、否定的なことがらに埋没する傾向のある自分としては、これは常態といっていいくらい。 生き方やあり方にみずか…
いろんな悩みや苦しみを抱えて、絶望に打ちひしがれている「自分」をイメージしたとき、今の自分は果たして乗り越えられるのだろうか? 連れ合いも無くし、病気になり、お金も尽き、家族とも離れ独り切り、気力も失せ、うつ状態。なんのために生きているのかを思い悩む日々が続く自分・・ その時、どうやって自分は立ち直るのだろう。あるいは立ち直れるのだろうか? 老いたけど気力を振り絞って仕事を見つける,生活…
なおこさんはとうとう 神頼みをするようになったのか と思われるかもしれない。 そうだ。 まさしく私は仏さまにすがりついたのだ。 やってもやっても自我のループから 抜け出すことができないことがわかった。 自分を変えるために どんなに一生懸命やったとしても、 行き着くところは自我の増長しかないということが とことんわかった。 「かくのごとし」という境地を得て これさえあれば、 人間関係での…
信仰の要点とは何だろうか、とよく考える。さまざまなすぐれた先達の言葉があるのだけれど、自分としてはこんな感じがぴったりだ。すなわち、 「もはや自分を救い出そうと思わなくなったとき、 それは訪れる」と。 理屈が勝っているような性格なので、なんとか苦しみや矛盾をクリアしようとして、あれだこれだと手段を探して、努力してやってくる。けれどもいずれも正解ではなかったということだけが結論となる。 どんな…