さんが書いた連載癌2の日記一覧

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「余生」

アイスクリームのバニラに似た甘い香りを選んで火を点けた。もう一個追加だ。今日は特別。北欧から来た家具屋イケアに行くのはこれを大量に買うためだ。名前は知らないがいい香りのする蝋燭だ。毎日6、7種類の香りの中から一つを選ぶ。 リビングの外に出る。朝もやったが水やりだ。雨は降りそうにない。ホームからの帰りに満月を見た。朧月と呼ぶほどではないが、色がぼーっと霞んでいる。 ホースの先にシャワーを付けて…

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「バンザイ」

この内科医の言うことはわかりにくい。PCの画面には見たくない大きな瘤が映っている。 「センセイ、私、乳癌やってるんで、大腸癌かどうかが一番心配なんです」 「後ろの方に離れて座ってたんで、心配されてるんだなと思ってました。」 「(わかってたんなら、もっとわかりやすく言ってよぉ!)」 「これはね一年半前より殆ど大きくなってない。色も周りと同じピンクでしょ、癌だったら色が違う。」 「センセイ、大腸…

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「スポーツウエアーを着て行こう」

私が勝手に池と呼んでいるプラスチックの大きな水槽に、オレンジ色が動いた。全部死んだと思っていたコメットが一匹生きていたのだ。いい予兆のような気がした。こんなものにも縋る自分が面白い。 再発への不安や心配は、身近に心配事があると、増幅する。昨日、ある心配事が消えた。私が勝手に心配していただけだった。こんなだから病気になると分かるけれど、それが私。仕方ない。 きっと良性だと思えた。今までは検査結…

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「誰かが頑張っていると」

コーヒーショップの生け垣に咲いている椿に立ち止まった。真っ赤な一重の花びらに黄色い雌蕊。この色の対比はいっそ潔い。自分のペースでいい。後ろも振り返らない。 今度は沈丁花だ。この花は地味の代表のような花だが、香りは誰よりも目立ちたがり屋だ。 市民の森に着いた。ゆっくりと歩いてみよう。このふかふかの大地の感触。日陰の多い小道は,、逆に陽だまりを目立たせる。 まだ細い木に札が括りつけてある。「こ…

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「癌のお蔭で」

「白っぽい。」 私がそう言うと、中学生のような顔をした女性店員は言った。 「明る過ぎるんですよ」 難しい。1ページずつ捲っていく。おお、これはなかなかいい、地面に散らばったモミジが緑色の苔に映えている。 こどもの頃、夏休み最後の日に宿題の読書感想文を書いたように、いつやってもいいものは、いつまで経ってもやらない。 写真を片付けておこう。 キタムラに行く前に今まで作ったフォトブックを引っ張り…

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「池江璃花子さんが教えてくれたこと」

癌の再発をなぜそんなに恐れるのか、そう思った。死ぬからよ。決まってるじゃない。待って、癌はすぐに死ぬわけじゃない。それに私は思い込みが強いから、その考えもちょっと待って。癌は時間を掛けて死んでいく病気だと思ってるけど、それも待った。 池江璃花子さんがツイッターを更新した。 3月6日「思ってたより、数十倍、数百倍、数千倍 しんどいです。 三日間以上ご飯も食べれてない日が続いてます。 でも負…

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「ステージ4」

私は一昨年市の大腸癌健診(検便ね)でひっかかり、大腸内視鏡検査を受けた。そのとき「一年後にまたやりましょう」と言われていたのに、すっかり忘れていた。それを三か月に一度診てもらう主治医(外科)に指摘され、今回の内視鏡検査となった。私が12月から便秘気味になったと訴えたからだ。 大腸内視鏡検査は一日がかりだ。前の日は消化の良いものを食べ、夜9時に下剤を飲む。私は検査の朝には既に排便があった。午前中…

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「4年半も経ってやっと医師に聞いた」

乳癌の標準治療は手術、放射線、抗癌剤だが、私は主治医を信頼すると決めてから、迷いなく全てをやった。それが終わると病院には三か月に一度通う。 乳癌はホルモンが関係するということで、女性ホルモンが効きにくくする薬を飲む。このホルモン療法は最低5年間続く。10年間に延びることもあると聞いていた。副作用は骨密度が下がること。先日測定していた。 「減って来てはいますが、前回よりほんの少し増えていますね…

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「日常が戻った」

私は認知症対応型のグループホームに勤めているが、年末には特別な配慮が必要になるお年寄りがいる。 「〇〇〇〇子さん、朝食後。12月28日。間違いありません」 薬を飲んでもらうときは袋に書いてある名前や日付を読み上げる。他の人と間違えたら一大事だから、職員同士もダブルチェックするが、本人にも確認してもらう。 「ここは何日までやっているの?」 「えっ?一年365日休みはありませんよ」 「何言っ…

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「がんを生きる」

「用があるので失礼します」 店を出るとそう言って私は走り出した。すぐに息が切れた。赤信号でよかった。渡るとまた走った。 続けては走れない。当然だ。仕事した後だ。同僚が具合悪く出勤できなくなったと上司から電話があったのが前日。翌日の予定は5時からの忘年会だけ。引き受けるしかない。それで急遽仕事となった。 もちろん自転車で出社しているから「頑張れ大腿四頭筋」とつぶやきながら帰りの坂道なんぞは昔懐…

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「4年経っても」

「それは祝杯を挙げなくちゃ」 「そうですね。今から行ってきます」 ウォーキングは取りやめて家に向かう。どの店にしようか、迷うほどには知らない。息子の同級生がやっている焼き鳥屋なら這ってでもいけるが、知っているだけに行きにくい。駅前まで行ってもいいが、知らない店に一人で入るのも面倒だ。ええい、家飲みでよかろう。 今日は三か月に一度の病院。術後5年は続く。 まずは一階の放射線室でマンモグラフィ…

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「さくらももこの死因」

誰か有名人が亡くなるとその日と翌日くらいはテレビで盛んに関連番組が流れるが、あっという間にそんなこともあったねぇ程度になっていく。 だが、あまりにも見事だ。詳しいことが全く伝わってこない。7年前に乳癌がわかってからも仕事を続け、ほんの一部にしか病気の事は知らせていなかったという。 さくらももこが50代という若さで亡くなったということより、「乳癌」で亡くなったことにどうもしっくりこなかった。私…

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「元に戻るわけがない」

店内に入った途端驚いた。秋だ。秋の色ばかりが並んでいる。茶色や濃い紫やグレー。「GU」(じーゆー)はユニクロの安価版と思っていたが、この店は本家を越えた魅力がある。 茶色を2枚買った。首が「とっくり」なのもいい。年齢は首に現れる。ネックレスを買うときに覗き込んだ鏡に、オバアサンの首があった。ああ。 私は4年前、病院に行く度に洋服を買った。あのときは辛い気持ちを抱えて、一人で病院に行った自分に…

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「三回再発したのよ」

「3回再発したのよ」 明るく言う。もし、この言葉を去年聞いたら間違いなくビビっただろうが、今は全く違う。 三か月に一度の病院、この日だけは大人しくなる。今回は全く不安材料はなかったから前日も何も感じなかった。ただ忘れないようにせねばと思っただけだ。 予約時間を過ぎても私の受付番号は表示板に出てこない。院内コンビニでサンドウィッチとトマトジュースをイートインで食べた。(カタカナが多い)本も買っ…

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「同じ病の人が死んだ」

やっぱり涙が止まらない。だって、私だっていつ乳癌がどこかに転移して、「再発しています」って言われるかわからないもの。 死ぬのは怖くない。だって、子供は私を遥かに超える大人になってるもの。私が人生で誇れるのは二人の子供。本当に私の子供にしておくのはもったいないくらいに立派。 でも、子供を天涯孤独にしたくない。私は離婚しているから、親戚関係は普通の人の半分。それに去年生まれた孫に、「おばあちゃん…

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「腕が痺れるのよ」536

お湯に浸かってゆったりすると、ハナ子さんは片手を揉みだした。聞くと腕全体が痺れるのだという。そちら側は胸がない。 私は未だにハナ子さんの胸を正視したことがない。 私は4年前の手術のとき、全摘になるかもしれないと言われていた。ステージが低くても場所が悪ければ全摘になる。手術室で目が覚め、主治医に「残しましたよ」と言われてまた意識を失った。それほど嬉しかった。 20代のタレントが乳癌になり全…

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「もう頑張らなくていい」

ずっと気になっていた。ヒデキの死因だ。「急性心不全」と言うのは、心臓が突然止まった状態であり、病名ではない、らしい。なぜ再発したのだろう、脳梗塞と心不全との関係は?ネットで探し、幾分は納得した。 今日、ゴローが泣きながら読んだ弔辞にまた、瘡蓋が引きはがされた感じになった。 ゴローの弔辞は今まで聞いたどんな弔辞より心に響いたし、同時にこんな弔辞を読ませるヒデキの人間性を思った。 「(出会いか…

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「逆の立場」

キミ子婆は食事が終わった途端に部屋に帰りたがる。スタッフは薬を飲ませたり、歯磨きの誘導をしたりと忙しいから、待ってくれるように言うが我慢などできない。 何とか早めに部屋に連れていく。 「ここでは好きなだけ声を出してもいいし、泣いてもいいですよ。」 ついつい冗談のつもりで言ってしまった。 「こんなところで泣けないよ。余計に寂しくなるだけだよ、気持ちをわかってくれる人がいなけりゃ。」 私、…

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「副作用」

薬剤師のオネーサンが言った。 「思わぬところが筋肉痛になったりしていませんか?」 思い当たらない。 今年の9月で手術から丸4年になる。シミジミ嬉しい。私は治療のフルコースを全部受けたから、手術抗癌剤放射線をやり、その後ホルモン療法となった。ホルモン療法と言っても、毎朝薬を一錠飲むだけである。飲み始めるときに骨密度を量った。副作用は骨がスカスカになる骨粗しょう症だ。 飲んだらカレンダーに丸印を…

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「助けられることに慣れていない」

透き通っている。表面に全く曇りがない。床に散った姿も遜色ない。外で見るより綺麗だ。夜になって蛍光灯の光で見るのもいい。花びらに映った影もいい。 水仙の花もそうなのだろうか。二鉢を室内に入れた。外では下向きだったが、しっかりと前を向いた。後ろの窓からの光で花が透き通る。 石油ストーブを点けた室内に、椿とクンシランと水仙。これ以上一体何が要るだろう、などと一人で笑う。 普段は忘れているが、…