さんが書いた連載介護の日記一覧

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「それと同じの買って来て」

「アンタァ、それと同じのを買って来てくれよ」 私は内心ガッツポーズをする。ホームの最高齢95歳のおメガネに叶った。暑くなったし、そろそろ仕事着を替えたくて、新しい半袖を着て行った。丁重にお断りするが、彼女は新しい洋服を今でも通販で注文する。 もう一人の90代は異性を意識した発言をする。入浴の時、 「もうオシャレなんて関係ないわよ。こんなトコ使う事もないけどね」 女性で性的な発言をするのは彼…

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「生きててよかったぁ」

確か会うのは二度目のはずだが記憶がない。驚いたのは容貌だけではなかった。 友人宅で、友人の友人A子さんを交え三人で会った。A子さんは息子さんが運転する車でやって来た。 「生きててよかったぁ」 饒舌に喋った。よく笑った。A子さんは老人介護施設にいるが、病院に行く時だけ息子さんが迎えに来て外出が許可される。 「今の所は追い出されるらしいわ」 入居した時は歩けず、ぼんやりし、友人の事も分からな…

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「穏やかな一日」

「○○さん、少し歩きましょう」 「いいよ」 「ほら、あの黄色い建物、何か怪しいですよね」 「だろう?」 「何か情報が入りましたら、真っ先に○○さんにお伝えしますから」 笑っている。 爺様は窓から見えるレストランが気になるらしくよく見ている。大分歩き方がゆっくりになった。ほんの数日の入院でも影響は大きい。館内2周でやめておく。 久しぶりの出勤だ。認知症の方はなかなかこちらの言う事をきかない…

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「今日一番心動かされたこと」

やっぱりあの事しかない。 「ごめんなさいね、早く気付いてあげられなくて」とか、 「気持ち悪かったでしょ。今綺麗にしますからね」 などと絶えず話し掛けている。 驚いた事に普段はなかなか意思疎通出来ないA氏が、 「いやいや、仕方ないよ」とか 「有り難いねぇ」 と、答えている。 職場のグループホームは9人の認知症の高齢者を3人の職員で面倒見る。昼休み一時間は交代で順番に一人ずつ取る。 私は食…

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「歌」

「明日は紅白歌合戦見るんですか?」 「そうねえ、見るわ」 「今NHKの朝ドラで笠置シヅ子をやってるんですけど、覚えてます?」 「知ってるわよ」 すると私より若い同僚が切れ切れに歌い出した。 「『買い物ブギ』ね」 スマホで検索し、笠置シヅ子の歌を流した。A子さんは一緒に口ずさんだ。 「『青い山脈』なんてありましたよね」 「そうね、藤山一郎ね」 それもスマホで流…

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「介護する側が先に倒れる」

ユニクロのウルトラライトダウンに新色が出た。渋いピンク色。 前回来た時あまりにも地味な色ばかりで驚いた。 それとハイネックのヒートテックを2枚と、タイツも2枚。 昨夜、管理者からラインが来た。A子さんが腰を痛め出勤できないので、出られる日はないか。 職場は認知症対応型グループホーム。典型的な老老介護だ。大抵介護する側が先に倒れる。ウチも例外ではなく入居者より職員が先にやら…

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「80まで行こうね」

「おっと、危ない!」 「気をつけてよ、鉄子さんが転んだら大変」 平らな床で躓いた。声を掛けてきたのは私より年上の同僚だ。 職場は認知症対応型グループホーム。昼間は9人の入居者に対して、3人の職員がいる。 症状が軽い状態で入居しても、時間と共に重くなって行くから、今は歩き出したら付き添わなければならない人が増えたし、それ以外にもいろいろ難題山積で、一気に大変になると思っていた。…

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「仕事が楽しい」

ゴミをまとめて入り口に置いておいた。いつの間にかなくなっている。 「ゴミを捨ててくれたのN子さんですか?」 「はい、下に行くついでがあったから」 「ありがとう!」 「その代わりにパッドの記名お願いします」 N子さんは70代の大型新人。入った早々から同僚への上から目線に皆辟易していた。それが時間と共に変わって来たと思っていたが、人に指示を出したがるところは変わっていない。それ…

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「全部だよ」

爺様のひと言でワッと笑い声が起きた。 「ありがとうございます、○○さん、そうですよね、全部ですよね」 新しく入居してきた爺様は、一日中椅子に座り下を見ているだけ。食事も介助しなければ食べないし、水もストローで飲んでいた。 医師が薬を減らした。 すると最初は怒るようになったが、ある日健康な人と変わらない会話が出来る日があった。 ところがそれは一日きりで、また最初の不活…

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「聞こえないフリ」

「よし!今日はこれで鉄子のデイサービス終わり!」 同僚が「あはは」と笑う中、私は立ち上がった。 私はC子さんの隣に座り、一枚の塗り絵を完成させた。C子さんに言った、 「この鳩とモミジの背景、塗ってもらえませんか?」 C子さんは直ぐに色鉛筆で塗り出した。 「空からね、声が聞こえるのよ、ここはこうやってって〜」 「私には聞こえないけど、C子さんには聞こえるんですね、いいなあ」…

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「覚えてねぇな」

「解除になりました、なんて特別に触れ回りませんよ」 「そうしましょう」 コロナの隔離措置が解除になった。最初に防護服を脱いだ。涼しい。それからテーブルを元に戻し、防護服関係のものを片付け、洗面所には各自のタオルを提げた。 A子さんが部屋から出てきた。彼女はよく顔を出していたから私達の変化に気付いたのだろう。 おや、早々B子さんも出て来た。この方には手を焼いた。家に帰らせろ、タ…

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「頑張れバアバ」:コロナの隔離措置

頭には髪の毛一本はみ出さないようにビニールキャップを被る、 マスクを2枚、 その上にフェイスシールドを付ける、 体は全体を覆う割烹着のようなビニールの防護服、 手にはぴっちりしたビニール手袋。 これが基本。陽性の人の部屋に入る時は同じ物をもう一枚重ね着し、部屋を出て来る時に脱ぎ、小さなビニール袋に入れてきっちり結んでからゴミ袋に捨てる。二人いればそれを2回、3人いれば3回繰り返す。…

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「死にたい」

先日どうしても気になったので夜になってラインした。暫くして夜勤の若い娘から返信が来た。 「認知症の葛藤期です」 全く動揺していなかった。 私は退勤間近に姿が見えないA子さんの部屋を訪れた。日中とても活動的で食器洗いやちょっとした手伝いをよくしてくれたが、「暇で嫌だわ」という言葉を何度か聞いた。焦燥感のようなものを感じた。 A子さんはベッドに寝ていた。腰掛けた姿からそのままごろ…

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「寂しい」

「こうしているとウチに帰って一人で食事するなんて面倒にならない?」 「そうでもないわ。好きな物が食べられるし」 「あら、寂しくない?」 「私はそんな事ないわ」 入居して日の浅い二人の会話が聞こえて来た。   ホームで「寂しい」という言葉を聞くのは初めてだ。人は「嬉しい」「楽しい」は抵抗なく言うが、「悲しい」「寂しい」は言わない気がする。 「寂しい」と口にした方には何か力…

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「寂しくて眠れない」

「ウチの自転車ですぅ」 お兄ちゃんが公園の入口に停めた自転車を、高齢の女性が移動している。私は走って行く。 「こんな所に置いとくと、持ってかれるよ」 「ありがとうございます」 見ると透明のゴミ袋を持ち、中にはゴミやペットボトルが入っている。 「ゴミを拾っているのですか?」 「自分で勝手にやってるの」 「ありがとうございます。だからこの公園にはゴミが落ちていないんです…

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「婆様の文庫本」

婆様はとても美味しそうに御飯を食べる。 「美味しいですか?」 「美味しいわよぉ、ここは食事が美味しいのよぉ」 居室掃除の日だった。一緒に掃除できる人はこのユニット(グループホームはユニット二つまで、9人×2)にはいない。 婆様のクローゼットを開けると、隅に文庫本が積んである。それもどけて掃除機をかけた。一冊一冊が分厚い。歩く事も寝返りを打つ事も出来ない婆様と文庫本が結び付くまで時間差があっ…