話題一覧

すべての投稿

松島芭蕉

コメント 4

第22回「芭蕉の路を辿り、往時を偲ぶ集い」10-12(土)

次週いよいよ、栗名月・九月十三夜の観月灯籠流しが、今年は芭蕉の命日と重なった10月12日(土)にあたる。 当日の晴天を祈念している。 現在50名の参加者が集まった。 未だの方は、今すぐ申し込んでください。 19:00には、経ヶ島より灯籠を流します。 舟に乗らずとも...

松島芭蕉

コメント 0

『奥の細道』松島編、「11日瑞巌寺に詣ズ」

令和元年は、奥の細道紀行330年を迎えている。 『奥の細道』で、最も注目に値する箇所・クライマックスは、この11日から始まる「松島平泉」編だと言われている。 芭蕉ならではの「俳諧紀行文」の真骨頂を味わいたい。 曾良「随行日記」によると、九日正午に松島着舟後、久之...

松島芭蕉

コメント 0

令和元年「芭蕉の路を辿り、往時をしのぶ集い」10-12(土)開催

元禄2年から数えて今年が330年になる。 今年も、例年のように、芭蕉の追体験を松島で開催します。 10-12は芭蕉の命日になります。 今年の当日が、栗名月で、最も月が綺麗な松島になります。 船上で野点を楽しみ、地酒で月見ご膳をいただきます。 俳句の入選者には、たく...

松島芭蕉

コメント 2

松島の松と松島の津波について

【問】:松島湾にはなぜ、松が多いのか? 東日本大震災被災地の中で、なぜ松島が、一番津波被害が軽かったのか?(1.5㍍) 【答え】訪れる観光客から一番多い質問が、松島の自然風景の見事な松にかかわる『奥の細道』で讃えられた「造化の天工、大山祇のなせる業」についてであ...

松島芭蕉

コメント 0

『おくの細道』松島編の新現代訳を発表

『奥の細道』に記された松島は、芭蕉の名文中の名文と言われています。書名「奥の細道」は、文治5年(1190)、源頼朝軍が平泉藤原氏討伐のため、国府多賀城跡から三方にわかれた古道に由来した宮城県仙台市の古道です。 鎌倉と平泉を結んだ官道が、奥大道、そこに名所旧跡・歌枕...

松島芭蕉

コメント 0

第二節 岩沼宿 ― 武隈の松と名取・笠島編の倒置

はじめに  ここでは奥州街道編として「伊達の大木戸」と今一つ、岩沼宿の「武隈の松」と名取笠島の「薄のかたみ」の俳文が、実際の道行と逆に記された点に注目してみたい。 なぜ、芭蕉は俳文を実際の旅と入れ替えたのだろうか? 金沢則雄氏は、「笠島と武隈の章とが曾良の「随行日...

松島芭蕉

コメント 0

新説・奥州仙台領内の『おくの細道』現代訳

平成8年、芭蕉自筆とよばれた奥の細道(野坡本)が発見された。以後、多くの国文学者が新たな解釈を加えてきた。しかし、仙台領内は俳文が多い割に俳句が少ないの分、注目すべき新たな解説が少ない。 約20年にわたる調査研究の報告をここに公開したい。 本文を何度も声を出して読...

松島芭蕉

コメント 4

あれから330年・・元禄2年から数えて

3月27日江戸を立った芭蕉・・・あれから今年は330年を迎える。 奥州仙台領内には、未だ解明されていない謎が、たくさんある。 みやぎ県が発行した50年ほど前の解説本には、11カ所の謎が記されている。 10余年前から調査した結果其のすべてが、ほぼ解決した。 来たる2...

松島芭蕉

コメント 0

『奥州仙台領内の『おくの細道』(自費出版現行)』の公開

あれから330年の今年、古希を境に『仙台領内のおくの細道』を発表したい。 奥の細道管理人らしく、解り易くまじめに、公開したい。 講演、現地案内、いずれも可能である。 古典文学・『奥の細道』の新説を公開したいので、敢えて「奥の細道」を『おくの細道』と書いている事を最...

松島芭蕉

コメント 2

奥州仙台領内の『おくの細道』の謎を解明

これまで、「伊達の大木戸」を経て白石に入った芭蕉一行が、最初に笠島・かたみの薄(西行)を詠み、中将実方の墓を記した後、倒置して岩沼宿の「武隈の松」を後に書いている。 何故、左記に訪ねた岩沼宿を後に倒置したのか? この謎の解明を報告します。 はじめに  ここでは奥...

松島芭蕉

コメント 0

2019年10月12日(土)は・・・・

松尾芭蕉の旅・『奥の細道』から数えて来年は330年になる。元禄2年は1689年、2019年は? 芭蕉の命日は10月12日大坂で亡くなる。 今年も21回「芭蕉の路を辿る松島紀行」は、観月灯籠流しとレッツ俳句ing で、69名の参加者に恵まれ無事終了した。 来年2...

松島芭蕉

コメント 2

アインシュタインの松島

大正十一年十一月十七日神戸港に着船したアインシュタイン(1879-1955)はドイツ国籍の四三歳で、六週間に及ぶ講演のための日本滞在であった。彼の訪日旅日記が六冊残され、現在、ニューヨーク市内の図書館に所蔵されている。今一つ、翌年の雑誌『改造』の新年号に日本の印象...

松島芭蕉

コメント 2

『芭蕉はいつから芭蕉になったのか』

この本は、早稲田大学院の先生が、NHK放送用の内容などを吟味しながら、大学講座で使用したものをまとめた本という紹介がありました。<佐藤勝明著> ならば、大卒の小生も購入し読んでみました。 結果:難しくてわからないどころか、読み返しても未だわからない所だらけです。...

松島芭蕉

コメント 2

5月24日は伊達政宗の命日

寛永13年5月24日1636年の今日、江戸屋敷でなくなった伊達政宗・・・・・。 改修を終えた本堂で、先ほど大法要が執り行われた。 中門の前の杉の木には、セッコクが咲いている。 一句献上 石斛に 微笑み返す 鬼瓦  松島芭蕉

松島芭蕉

コメント 0

松島語り部で松島芭蕉が披露しています「頼賢の碑」。

奥州松島を代表する雄島の北端に平安時代に建てられたのが妙覺庵ですが、鎌倉時代の庵主に頼賢というお坊さんがおりました。 平安時代は、「月松島の聖」と慕われた見仏上人が修行した天台宗の妙覺庵でした。 西行法師が松島を訪ね、この妙覺庵で見仏上人と数か月、松島の月を眺め...

松島芭蕉

コメント 2

仙台郷土研究会「公開講座」開催のお知らせ 4月21日(土)

松島芭蕉の「公開講座」開催のお知らせです。 ◆ 仙台郷土研究会「公開講座」開催のお知らせ  仙台市戦災復興記念館 演題 「仙台藩製塩の概要」 4月21日(土)午後1時開場15時終了 入場無料先着50名 資料代若干 講師 松島芭蕉(仙台郷土研究会理事) こ...

松島芭蕉

コメント 3

仙台城下の芭蕉・・・もしも「歌仙を巻いたら」・・

 芭蕉一行は仙台城下を訪ね、元禄二年五月四日夕方、雨降る国分町の大崎庄左衛門に紹介されて宿をとる。 翌朝、芭蕉は橋本善右衛門を、曾良は泉屋彦兵衛宅を朝一番に訪ねる。この事が曾良の「随行日記」から読取れる。 さて、泉屋彦兵衛は須賀川の吾妻五郎七という侍の紹介と「随...

松島芭蕉

コメント 0

旅行読売臨時増刊『お得な温泉旅』500円発売中2018年度版

13ページに松島が掲載されました。中には小生の本名で、案内人のコメントが取材されています。 本屋さんでぜひご覧ください。 さらに今ひとつ・・・・ 山形の「山寺芭蕉記念館」入り口付近に、写真が展示されましたので、ぜひお立ち寄りください。 作並ー山寺の仙山線で観る...

松島芭蕉

コメント 2

自費出版『奥州仙台領のおくの細道』の目次

仙台領内の『おくの細道』ガイド用テキストを書いています。 以下目次を紹介します。 奥州仙台領の『おくの細道』 は じ め に   序  章  第一節 旅の終からの出発 ― 式年遷宮伊勢の旅 第二節 紀行文の構成   ― 連句的技法 第三節 旅の目的と評価  ...

松島芭蕉

コメント 1

松島「西行戻しの松」の由来とは? 西行法師は松島に滞在したのか?

余りも有名な平安歌人、「西行法師を知らないという日本人はいない」と言うほどに彼は有名な歌人です。 果たして、本名を佐藤義清(さとうのりきよ)と言う、時の天皇に仕えた武士・西行は松島を訪ねたのでしょうか?  この点について諸説があり、多くの松島町民は「西行は松島を...