身に付いた習慣は変えられるか(1234)
咄嗟に奇妙なタイトルが思い浮かんだ。 一口に習慣と言っても、無数にあるだろう。ごく普通の起居・動作などは無意識に行っているけれども、その最たるものの一つに「歩く」ことがあろう。 乳幼児が、ハイハイから、つかまり立ちするようになり、よちよち歩きを始めるのは、誰もが通って来た道である。歩くなどと言うのはもちろん普段は無意識でしているであろう。 wakohにしても、88年間、何の疑問も持たずに、…
咄嗟に奇妙なタイトルが思い浮かんだ。 一口に習慣と言っても、無数にあるだろう。ごく普通の起居・動作などは無意識に行っているけれども、その最たるものの一つに「歩く」ことがあろう。 乳幼児が、ハイハイから、つかまり立ちするようになり、よちよち歩きを始めるのは、誰もが通って来た道である。歩くなどと言うのはもちろん普段は無意識でしているであろう。 wakohにしても、88年間、何の疑問も持たずに、…
一寸見ただけでも明らかなように、wakohの日記はまるで日常茶飯のことを書き連ねているに過ぎない。 それでも、ただ漫然と無為のうちに過ごしているわけではない。 年老いてくる現実は、どうしようもない必然だ。それに徒に抗おうとしても、徒労を重ねるばかりだ。 それよりは、そういう現実を受容した上で、無理にならない範囲で生きがいを持って生きることはどうしたらできるのだろうか。 wakohの場合に…
生きているということは、思いがけない出来事などに遭遇するということでもある。いや、大抵のことはまるでルーティンのように、同じことの繰り返しかもしれないけれども、どんなことに出遭うかは事前には予測できていない事の方が多いのかもしれない。 だからこそ「日々新たなり」なのでもあろうか。 タイトルに、今まで殆ど記したこともなかったような文言がふと思い浮かんできた。 2年余り前まで遡ることとなる…
またもや日記は空いてしまった。その日の行動をその日のうちに記すからこそ日記なのだとすれば、否応なしにそれからずれつつある。 ある時期「爽快」という健康雑誌があった。あるいは今でもあるのかしらん。かつては爽快が当たり前だったwakohは、どうしてそんなタイトルの雑誌があるのかと、何となく訝しくすら思っていた。だが、ここに来て、数え年88歳となってしまったwakohは、爽快は年配者の希求するところ…
このところ、1年納めの九州場所の進行中だ。だが、それにも増して、日馬富士による暴行事件が連日、テレビのワイドショーなどを賑わせている。真剣な、また深刻な問題だのに、思わぬ方向に展開していく気配だ。 wakohは80年に及ぶ大相撲ファンとして、無視することは出来ずにいた。 その一方で、86歳半にならんとしている老爺で、しかも8年数カ月に及ぶ大腸がん患者として、何とか生かされてはいるものの、終…
今日もまた、今まで殆ど記したことのないテーマを取り上げてみようか。 われわれは、一日24時間のほぼ3分の1は寝ている。熟睡していることもあれば、寝付きにくいこともある。夜中に目覚めてトイレに行ったりすることもある。 夢を見ていることもある。だが、wakohの場合、その夢の内容は目覚めたのちに想起できないことが多い。というよりもむしろ、思い出せないことが殆どだ。 いずれにせよ、就寝中・睡眠中のこ…
これから述べようとするのは、wakohが如何に歳を取ったかを如実に示すことになるであろう。 今年7月頃だったろうか。wakohの居住する区からの案内状が届いた。9月にある「敬老会」の案内と、8つの時間帯のうちの第3希望までを記して、返信することを求めるものだった。 そうした会に、wakohは今まで出たこともなかった。だが、見るとその内容は、ある交響楽団の弦楽合奏のようだ。思い切って返信した。…
年の瀬も益々迫ってきた。今夜はクリスマス・イーヴだ。聖夜讃美礼拝もある。 自分の体調もあり、殊に家内の思いがけぬ腰椎の圧迫骨折という試練もあって、聖日礼拝にも出られずにいることが多くなっていた。 クリスマスには、降誕祭礼拝も重なる。今年亡くなられた、親しくしていたある教友の妹さんが洗礼を受けられる。洗礼式もある。体調を整え、出ずばなるまい。 その一方で、新年を迎えるにあたり、年賀状など…
wakohは今までに何度も「ハシゴ」をしたことを日記に書いてきている。今までは、すべて美術館や博物館などのハシゴばかりだった。それは折角の芸術鑑賞をするなら、欲張って一カ所だけではなく、2つくらい見てやろうという思いとともに、知らぬうちに歩数を稼ぐことになるのも、勘定の中には入っていたのかもしれない。歳取って、蹲ってばかりしないようにとの思いもあるからだ。 だが、wakohも若い頃の医者知ら…
wakohは一昨11月22日、都心のT病院で、半年近く前から予約されていた大腸内視鏡検査を受けた。もう一体何回この検査を受けたことだろうか。ある意味では慣れてきてはいる。けれども、何時まで経っても面白いものではない。緊張もする。幾何かの不安をも伴っている。 ほぼ7年半前に、自覚症状はなかったまま、癌が発覚、入院し手術を受けたその時点では、現在のような状態になることはとても想像も出来ずにいた。…
昨日、ふと思い立って、「後期高齢者健康診査」と「人間ドック」と言う、極めて私的なコラムを執筆した。「後期高齢者健康診査」をまさに受けてきたばかりだったからである。 タイトルの2つのテーマは、時系列的には、それでは逆である。それで、「人間ドック」と「後期高齢者健康診査」の順序を入れ替えてみた。 「人間ドック」は40歳代から毎年ずっと続けてきていたのだし、一方、「後期高齢者健康診査」はそれこそ、…
全く私的なことではある。だが、この「趣味人倶楽部」には比較的高齢者が多いようではある。殊に、wakohのような老爺になると、「お気に入り」さんになってくださる方は、圧倒的に高齢者の方々だ。 実は、以前ミクシィで日記を書いていた時期がある。その時には、wakohにミクシィを紹介したのは、何と当時まだフルタイムで勤めていた帝京大学での、wakohの卒論ゼミの学生だった。その頃、wakoh自身はS…