哀愁チョコレート
『苦いねえ』 『そう、それほどじゃないと思うけど』 『いや、かなり、苦い』 『忘れてたわけじゃないんだけど』 『嘘つけ』 『うん、嘘ついてた』 『そう、あっさり言われてもなあ』 『14日誕生日の子がいてさ、朝まで飲んでた』 『じゃあ、これは、哀愁チョコレートってことにしておく』 『何、それ、でも、まあ、いいってことだよね』 ちゃっかり彼女にあっては、まじめ彼も、形無しって感じかな。
『苦いねえ』 『そう、それほどじゃないと思うけど』 『いや、かなり、苦い』 『忘れてたわけじゃないんだけど』 『嘘つけ』 『うん、嘘ついてた』 『そう、あっさり言われてもなあ』 『14日誕生日の子がいてさ、朝まで飲んでた』 『じゃあ、これは、哀愁チョコレートってことにしておく』 『何、それ、でも、まあ、いいってことだよね』 ちゃっかり彼女にあっては、まじめ彼も、形無しって感じかな。
やっぱり、あった。 あの角のいつもは、空き店舗なのに、今日、一月四日の午後五時になると、開いてる不思議な店。そして、翌朝五時になると、閉まってしまう。 今年は、何が出るのか、楽しみにしてる人は、たくさんいるだろう。 ありきたりだけど、俺は、煮物が食べたいなあ。 もちろん、おでんも鍋もいいけどさ。 俺らみたいな、はぐれものが、多分、いっぱい来るはずだ。 今年も、あの店あって、ありがとさん…
『まあるいケーキ、食べたかった』 『食べりゃいいじゃん』 『そういう問題じゃないんだよ』 『じゃあ、どういう問題?』 『鈍いあんたには、わからない』 『鈍くて、悪かったわね』 『そう怒らなくても』 『怒ってなんかいないよ』 そう、怒ってなんかいないのである。昨日、体調不良で、会社を早退した同僚のために、まあるいケーキを、持ってきてくれた心暖かい、先輩なのである。 口の悪い後輩と…
ここは、どこだろう。そう思えるような場所だ。 最寄りの駅から、何も考えずに乗ってしまった。 そして、思わず降りてしまった。 ホームには、私以外、誰もいない。ちょっと冷たい風が、吹いている。まだ、秋になったばかりなのに。 無人駅の改札を抜けて、駅前に出てみた。 ここにも、誰もいない。 目の前に、不思議な形の小山が見える。かなり、紅葉している。ここの秋は、もっと早くに始まっていたらしい。…
たった一日だけの喫茶店。それが、想い出喫茶だ。 今夜、八月十六日の夕方から、深夜二時まで開いている。 場所は、あの橋を渡ってすぐのところだ。 ある人は、知らない人ばかりで、淋しいと言っていた。でも、それもいいじゃないと思う。 知らないからこそ、話せる話もあるんだから。 暗くなって、少しだけ、風に吹かれたら、ちょっと出かけてみようか。あの日、言えなかった言葉が、言えるかもしれない…
『蒸し暑くて、やりきれないね』 『35度だって』 『暑くて、当たり前』 『まだ、梅雨明けもしてないのに』 『夏の予定は?』 『ない』 『即答だね』 『だって、ほんとだもの』 『俺は、あるよ』 『わあ、いいなあ』 『君も、一緒だよ』 『どういうこと?』 『あれ、忘れちゃったの?』 『何を?』 『8月16日の夕方、あの海岸を散歩するって、一年前に』 『わかってるけど』 …
『明日も、降るのかしら』 『さあ、俺には、わからないよ』 『晴れてくれたら、いいけどな』 『何か、予定あるの?』 『別に、ないけど』 『じゃあ、別にいいじゃない』 『そうなんだけど、やっぱりね』 『やっぱり、何だよ』 『晴れたほうが、いい気持ちじゃない』 『それだけ?』 『そう、それだけ』 今夜も、このふたり、とりとめのない話をしている。 ふたりは、いつも、こんな感じ。 …
『はい、これ』 『何?』 『チョコ』 『チョコって』 『そう、チョコ』 『何で、今?』 『だから、まだバレンタインだから』 『そりゃ、ないんじゃない』 『いや、私のなかじゃ、あり」 『ありか、なるほどね』 そういえば、昨日は、彼女の給料日。 なるほどね、彼は、苦笑いだ。
こんな神社あったっけ? もう正月気分も、少しだけ抜けてくる四日である。 いつもの散歩コースだったんだけど、一つ角を間違えてしまったらしい。 今さら戻るのも面倒になって、そのまま進んでいたら、なんと神社があった。 でも、なんか変なのである。 あたりに、誰もいない。つまり、私、ひとりなのだ。 四日だけど、誰かいるのが普通だろう。ちょっと、いや、かなり、不思議気分で、いっぱいだ。 すると、さっ…
『なんか、あった?』 『なんも、ないよ』 『まあ、ケーキは、食べた』 『お酒も、飲んだしね』 『寒いから、外、出なかった』 『あたしも、いつも、おんなじ』 『で、今夜は、これ、恒例のじゃじゃ姫クラブの日』 『うん、これが、一番楽しみかも』 『なんか、淋しい感じもするけど』 『いいじゃない、みんな元気で』 アケミ、ヨーコ、みかの三人は、高校からのながーい友達。そして、クリスマス…
今朝は、あの公園とは、違う公園に来ている。ふたりで座れるベンチが、一つだけの小さな公園だ。 日曜日だというのに、先客がいた。それも、あの小さなベンチにだ。おまけに、ふたりも。 『もう、帰るの?』 『ちょっと、用事があってね』 『まだ、来たばかりじゃない』 『ごめん、また、今度』 『今度って、いつよ』 『う~ん、じゃあ、明日』 『う~んって、何よ』 女の子は、男の子に、背…
サクサクっと響く枯れ葉の音も、いい感じに思われる。そんなまだ、半分眠いような朝も、たまにはいい。 いつもの公園には、まだ、誰も来ていない。自分ひとりの小劇場だ。 おあつらえ向きに、小さなステージまである。 誰も笑ってくれないが、小芝居をするなら、今かもしれない。 『私、淋しいんです』 『それなら、僕と、踊らないか?』 『でも、私、踊れないんです』 『大丈夫、ほら、こんな風に、僕…
誰にも文句は言えないが、どうしてこんなに暑いのだろう。夏だから、それで、終わりかもしれないが。でも、もう、夕方なのに、部屋の中で、30度越えである。エアコンが、古いからかなあ。 私は、泳げないのに、海が好きな女の子を知っていた。そう、知っていただ。名前は、夏樹。多分、夏生まれだろう。 でも、彼女は、私と同じで、泳げなかった。 『なんで、海、好きなの?』 ある日、聞いたことがある。 『泳げないか…
夕方の青空に、雲がない。暑いけど、なんか、いい感じではある。でも、待ってるのは、ギラギラの熱帯夜であるのは、間違いない。 ふと思い出したのは、中三の夏の放課後のある出来事。多分、もうすぐ夏休みだった。高校入試あるから、勉強の夏になるのは、わかっていたけど、夏は、何か、特別な感じがしていた。 『おかしいと思ってたんだよ』 『やっぱり、そういうことか』 『何が、やっぱりなんだよ』 『やっぱりは、や…
風が吹いても、少しも涼しくない、いつもの昼下がりである。空が青いけど、なんか素敵な夏って感じじゃないんだよね。 もう、今となっては、いいのかもしれない。二十年近くになるんだから。 毎日通って、看板までいた、あの駅裏のスナック。まだあるのは知ってるけど、あれっきり行ってない。 蒸し暑いあの夜、私は、言ったのだ。 『それなら、消えたら』 すべてが嫌になったという、ママに向かって、そう言ったのだ。 …
まだまだ暑い、夕方である。今夜も、ものすごい暑さが待ってると思うと、ため息まで、出てきてしまう。 そんな中、今年も同窓会は、中止らしい。この時期、仕方ないことだけども。 『だから、それでいいじゃない』 そんな口癖の、同級生がいたのを、思い出した。彼女の名は、冴子。浅黒い肌の、夏が似合う女の子だった。高校卒業まで、ずっとおんなじ町内に住んでいたのに、思い出すのは、夏の冴子だった。なぜだか、そのほか…
こんなに暑いと、ひやっとしてみたいなんて、思うこともあるような。 でも、やはり、それは、ちょっと怖いかもと、あらためて、思ったりしている、ある昼下がりである。 あの子は、確か、今日子ちゃんていっていた。私の家の近くの神社で、いつも、ひとりで、遊んでいた。涼しい目をした、とても素敵な女の子だった。学校では、まったく見かけたことがないのに、学校から帰って、神社の前を通ると、そこに、いつも今日子ちゃ…
この町に、たったひとつだけの喫茶店には、バレンタインから一か月ぐらいの間、カウンターの一番奥に不思議なピラミッドがそびえたっている。 もちろん本物じゃないけど、それは、まるでほんと、ピラミッドみたいなのだ。 誰が始めたか知らないが、チョコをもらっても、なんとも思わないやつらが、ひとつふたつとチョコを置いていくようになって、それがまた、きれいなピラミッド型になっていったのだ。 『一か月後が、楽しみ…
ここにも、聖子がいる。でも、前の聖子とは別人だ。 でも、なんか、クリスマスに関して、想い出らしきものがあるらしい。 あんまり、楽しいものじゃないのかな、だって、彼女の瞳にうっすら涙だからね。それも、毎年みたいで、みんな慣れきってる感があるのが、なんか、笑える、彼女には悪いけど。 『また、クリスマスが来るね』 『そう、また、クリスマス』 『何も言わないけど、どうして、いつも涙なんだよ」 『言って…
クリスチャンでもないけど、クリスマスがやってくるのが待ち遠しい、聖子は、いつでも、そんな感じの子だった。 聖子の家のケーキは、いつも、二十五日の夜に食べるものだった。 それほど、裕福じゃない聖子の家では、イブの夜には、ケーキは、無理だった。それが、翌日の二十五日には、結構大きいケーキが、半額で、近くのスーパーで売られていた。仕事帰りに、父親が、いつも、なぜだか、にこにこしながら、ケーキの包みを、…